2013年12月16日 (月)

僚艇の釣果

昼にパラダイスさんから、「釣れているよぉ」の沖からの電話。

午前中の所要から帰って来た私は、溜息。

そんなで

「パラダイスさん」に釣果写真をいただきました。

原文
[黒鯛は50㎝ありましたから当分の刺身は確保しました。今日は始終風が無く、沖上がりの時はべたべたな凪でした。]

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「ほんとに、じょうずだねぇ」すいか

「沖の黒鯛は、美味しいんだよね 」さるかん

ありがとうございました。

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2013年12月 4日 (水)

僚艇の釣果

「パラダイスさん」から釣果報告をいただきました。

今日は、ベタ凪だったそうです。

元気な物はリリースしたそうです。

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「上手だねぇ」すいか
「ほんとにねぇ」さるかん
「そうだ、tomo君に教えてあげよ」さるかん
「あっ、いじわる」すいか
「へっへっへ」さるかん

ありがとうございます。

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2012年9月21日 (金)

三保沖(鯛場)ローカルルール

マリーナの事務所入り口に、協定書なる物が張ってある。

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・共第15号共同漁業権漁場が具体的に、どのような所か分からないので、清水区(旧清水市)の海岸線と考えれは良いだろう。

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2009年10月17日 (土)

日本丸と海王丸

清水港の開港110周年を記念して、日本丸と海王丸が招かれた。海王丸が入港するのは10年ぶりで、船好きの私にとっては、大型帆船が2艇並んで停泊している姿は、一見の価値がある。19日の月曜日、14時頃に登檣礼(とうしょうれい)で離岸・出港。
 

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2004年の台風23号の高波で防波堤のテトラに叩きつけられているニュース映像を見た時は、実際に再び復活した姿を見られるとは思わなかった。嬉しい限りだ。

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詳しいスケジュールは、下記にアクセスしてね。

清水港管理局TOP
※ http://www.portofshimizu.com/

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2009年4月 9日 (木)

御穂神社

 船を手に入れて表参道沖で遊ばせて貰っているので、毎年、挨拶に行くようになると、神社にまつわる色々な逸話や伝説があるとこを知った。そして、学生の時に出雲へ旅行した際に美保神社に立ち寄ったことがあり、その立派なことから、ここが、本宮だと思い、帰宅後に親父に聞くと「あそこは、確か安産と縁結びの神社だぞ。それに、三保大明神で、えびす様は聞かないなぁ」と言っていた。美保神社と濃い繋がりがあるかと思ったが違うようだった。

拝殿と本殿

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子安神社

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「社務所に清めた柄杓があるそうです」すいか

神明・八幡・八雲・神社

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神馬

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「浅間さんの馬と比べると可愛くて子供の成長をお願いしたくなる」すいか

 御穂神社は、東海道を下り、安倍川を渡り静岡の街から日本平(有度)の脇にある草薙神社を過ぎ船越堤から折戸の風景が見える。そして、その岬(鎌ヶ崎)の海越しに霊峰富士を望む所にある。急に開けた丘から見る景色は、壮観で神憑っていただろう。一つの敷地になっていないためなのか、現在は、三保街道の「羽衣の松」の交差点から海岸へ出る途中の神社のイメージがあり、日本屈指の景勝地、三保の松原や羽衣の松が神社を守るための松並木や御神木であることを 意外と知られていないためだろう訪れる人は少ない。そういう私も、ずっと三保神社だと思っていて字が違っているのに気が付かなかった。この神社には、古事記の「国譲り」で、政権の交代の要求を出したアマテラス派に対して、こころよく国を譲ったオオクニヌシの態度に喜んだアマテラスは、身内から一番きれいな三穂津姫命を后にしてあげた。感激したオオクニヌシは、自分の名前も三穂津彦命に変えた。(・・・良く出来た御話しだ。15代も続いた徳川幕府でもあるまいに、いくら先祖が兄弟でも、イケイケでカリスマの塊のような権力者であるオオクニヌシが、そのようにアマテラス側の言いなりになるなど私には考え難いのだが・・・)羽車に乗って新婚旅行で雄大な富士の景観が気に入って三保の松原に降り立った。その場所が羽衣の松の脇にある小さな神社になっている。よって参道が海岸から続いている。この神社を、よく見ると亀甲にカタバミ紋で出雲大社に非常に良く似ている。(それだけ重く置かれているのだろうか)そして、羽衣の切れ端や笛(伝説では、衣を天女に返してあげたのに何故に残っているのだろう。)が残されている。この神社には、国譲りに関するの逸話や羽衣伝説など大昔に中央(近畿)での話があり、私にとって興味深いところだ。

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2009年2月 3日 (火)

潮岬灯台(しおのみさきとうだい)

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紀伊半島の先端にある潮岬は、台風情報で良く耳にする所で、本州の最南端になる。潮岬の潮は潮流を意味するので、潮流の岬ということになる。フィリピン沖を北上して来た黒潮が、紀伊半島の先端に最も近づき時により本流が当たる。081112_sionozinその時の速さは4ノット近くまでなる。現代の船舶の動力では流れに逆らっても、時間が掛かる程度のことだろうが、日本海の北前船や太平洋の樽廻船、菱垣廻船で知られている江戸時代の廻船などの風力を利用する船舶は、内燃機関が主流となるまで、航海において潮流は、重要な要素であった。黒潮は、潮岬に当たり伊豆諸島を迂回するように房総に接近し銚子で本土から離れていく。 090122_omae_siono江戸と大阪を行き来する廻船にとって岬を回って大阪に行くには潮を上回るが風り力が必要なために、串本の大島港に多くの船舶が風待ちのために停泊をしたと云う。灯台から見える神社の大きさから当時の繁栄が垣間見える。
  そこに建つファインダー越しに見る白亜の灯台の第一印象は、御前埼の灯台と「そっくりだ」と言うことだった。帰宅後に調べると、共にリチャード・ヘンリー・ブラントン(Richard Henry Brunton, 1841年12月26日 - 1901年4月24日)の設計及び監督で建てられた参観灯台とあった。御前埼は、レンガ造りで塔高 22.47 m ・灯火標高 54.0 m ・初点灯 1874年(明治7年)、潮岬が塔高 22.51 m  ・ 灯火標高49.47 m ・初点灯 1873年(明治6年)。081112_sionomisakiこの時点での潮岬灯台は木造で、現在のような石造りの物は、1878年(明治11年)に建てられたとある。ブラントンは、1876年3月(明治9年)に帰国しているので直接に監督及び指揮を執っていないことになり、よって弟子たちの作になる。その時に、現地の地形に合った物として御前埼灯台を参考して建てられたのではないだろうか。そして、太平洋戦争で艦砲と銃弾で破壊された御前埼灯台を今度は潮岬灯台を参考に修復したとしたら、直一層に似てくる。081112_sionomisaki_01実際に内部に入って展望台まで出てみるとガラス面が狭い所と螺旋階段の幅が広い感じがしただけで、まるで同じ図面から作り出された双子のようだ。潮岬灯台の光は、南西を中心としているようで北上する船舶の標となっている。そして、東方向にある紀伊大島の樫野埼灯台が北東を中心として南下する船舶の標となって2点を持って岬を位置づけている。
灯台から望む海は、黒潮特有の色で、濃い青と薄い青で潮目ができていて、静岡で見るような緑色が混じることがない、紺碧という字がピタリとはまる。灯台入り口の脇にある資料室に2等フレネルレンズを置いてある。 戦前の御前埼灯台には、これに匹敵する回転式の1等レンズが設置されていたと思うと残念だ。

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2008年10月21日 (火)

清水発-13・港内めぐり

08年10月20日(月)

晴れ後曇り・日照-08.8時間・気温17.5-25.6℃081020_tenkizu
12時・静岡市曲金・24.5℃・南南東  3m・日照1.0 
・湿度43%・気圧1014.5hPa。
清水・日平均 - 有義波-0.39m・周期-07.68秒
・最多波向-SSE
日の出/日の入り  5:56 / 17:06
干潮時(潮位)2:34(25) / 14:46(114)
満潮時(潮位)10:00(141) / 19:45(140)081020_okitei_aka
潮     小潮
沖堤赤灯台前・11時-外気温26度・水温22度 
濁り 澄み
沖風向 南東-弱
潮流 --
場所 離岸堤周り・沖堤赤灯台前
釣行 --
釣果 --

 凪で富士も綺麗に見えるのに、こんな日に限って昼から所用があり沖に出る余裕が無い。そこで、日の出埠頭まで停泊中の日本丸の写真を撮りに出かけた。しかし、埠頭全域を開放していると思ったのだがフェンスで囲っているので思うようなアングルが取れない。せめて中央のクレーンまで行かせて欲しい。そこで、急きょマリーナにに行き「燕」を下ろし海上から撮ることにした。船と富士の配置では満足の行くものが撮れなかったが、手を合わせ航海の安全を祈る女神のような女性像(藍青・らんじょう)を間近に拝むことができ感激をした。
写真を撮り終わりマリーナに帰る途中に余りにも良い凪なので「すいか」さんに頼んで離岸堤に変進してもらった。離岸堤外は透明度が高く日ごろ見えない所まで見えて怖いぐらいだ。海中に不純物がないのか、魚探の映りは良いがサビキを落としても見破られてしまうのかネンブツ鯛も針り掛かりしない。時間が無いのでデーターだけを取って沖を揚った。

沖からの風景

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日本丸Ⅱ

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2008年2月25日 (月)

御前埼灯台 2008/2/22

 080222_omaezakibun暖かいので「燕」で沖に出ようかと思ったが、数日前、知り合いに不幸があり殺生をするのに気が引けた。そこで「すいか」さんの運転で御前崎までドライブとした。080222omaezaki_1965 30数年ぶりに岬上の灯台まで上がった。080222omaezaki
 今では岬の海岸を巡る道が出来て景色が良く車を走らせるのには良い場所で此方が主流になってはいるが私が小中学生の頃までは、この道は無く一面の岩場で灯台脇の遊歩道の石段を降りて磯遊びをした。灯台を回って浜岡方面に行くと駐車スペースがあり、夜に灯台の光と月が出て入れは最高のロケーイションなのだが写真的には、月と灯台の角度が悪い。また岬は4,5mの西寄りの風が多く吹くためか、ウインドサーフィンの大会がよく開かれている。
  御前埼灯台は、全国でも数少ない参観灯台で参観寄付金200円(子供・無料)で内部の見学ができる。螺旋階段を上り、見張り台に立つと駿河湾から遠州灘に掛けて180度以上を見渡せる逆に沖から見れば、080222omaezaki_03その全てから灯りが見えることになる。海技免許を持っている者にとって、ただ見晴らしが良いだけでは無くて、灯台の在り様と重要性を肌身で実感でき、貴重な体験ができる。

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2007年9月26日 (水)

ぼったい   

「ぼったい」、多分、静岡だけにしか通じないないのかもしれない。どうも他所では、「ブッタイ」と呼んでいるらしい。
070926_bottai金網を竹の枠で囲った三角の形の漁具で大きさも様々あり、網目が細かくて大きな物は、春の夜に安倍川河口で「めっせん」(白子鰻)漁に使用していた。「めっせん」は、河口部の急流を大潮時の満ち潮の波に乗り遡上する、胴付きにヘッドライトをして寄せる波を「ぼったい」で掬う。
小学生のころは、仲間でよく自転車の荷台に刺して田んぼの脇の溝や河原の水溜りで小魚や小海老を獲ったりと、漁具と言うよりは自分たちには魚取りの遊び道具だった。川の淵の茂みに「ぼったい」を掛け川上から足で追っていく。ちょうど「泥鰌掬い」振り付けの感じだ。
「ブッタイ」の写真を070926_buttai見ると簾を三角の袋状にして棒で止めた物で日用品その物を代用して作られているように思われ、 自分たちが使っていた「ぼったい」の原型のような感じがする。小学生の頃なので、確かではないが、大中小の3種類の大きさがあり当時では尺で測っていたので多分、大きい物で3尺、中で2尺、小で1尺のではなかったか。 この道具の優れた所は、網の両端に輪があり、それに丈夫で水に強い紐を結わえてに柄と連結して、柄を立てることで、紐で連動している網の口がついてくる。そして、笊のように腰を屈めて両端を持っていなくて良いので身体の負担が少なくてすむ。
そんな「ぼったい」のもう一つの思い出は、夏の暑い盛りに安倍川の下流域から中流域に変わる辺りの本流で、川の両端の流れの緩やかな所を遡上してくる体長1・2cmの「スイノウカジカ」(地元ではそのように呼んでいたがヨシノボリのことだと思われる。)を獲る。ただ闇雲に「ぼったい」を掛けても時間ばかり掛かって、おかずにするほどは獲ることが出来ない。まずは、川幅の狭くて深い所から浅くなる場所を探す。そして、15cmどの深さの所の石を「ぼったい」の大きさ分だけ取り除くき仕掛ける。石を仕掛けた「ぼったい」の川上に置き流れを緩める。そして、大きめの石を深い方に少し斜めに並べてその部分の流れを速めて誘導しいく。「スイノウカジカ」は、吸盤を石につけて上るので「ぼったい」の中に拳大の石を2・3個置き抱きつかせる。調子が良ければ、湯飲み茶碗に2杯も獲れた。「スイノウカジカ」は、通常は佃煮にする。子供だったせいか、嫌いで食べなかったが、酒のつまみに合うらしく酔った小父さんが良く「こずかい」をくれた。

参考頁
http://kourien.hp.infoseek.co.jp/bottai.htm
http://www.city.hanno.saitama.jp/kyodo/kongetsuippin.html

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2007年4月 5日 (木)

土肥漁港

070402toi_minato  4月2・3日と土肥温泉に一泊をした。西伊豆からの夕日や富士を背景にした桜などを撮りたかったが、あいにくの曇りで海上に靄が出て清水を眺めることも出来なかった。070402toi_tobisimamaru
仕方がないので夕方の漁港の風景を撮りに行くと遊漁船の帰港に遭遇、河岸で皆で記念撮影をしていた。070402toi_tobisimamaru_chokaなんと有名な「とび島丸」だった。土肥沖での釣行で一人の方の釣果を撮らせてもらった。鯛場のノッコミも待ちどおしい。

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