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2009年4月 9日 (木)

御穂神社

 船を手に入れて表参道沖で遊ばせて貰っているので、毎年、挨拶に行くようになると、神社にまつわる色々な逸話や伝説があるとこを知った。そして、学生の時に出雲へ旅行した際に美保神社に立ち寄ったことがあり、その立派なことから、ここが、本宮だと思い、帰宅後に親父に聞くと「あそこは、確か安産と縁結びの神社だぞ。それに、三保大明神で、えびす様は聞かないなぁ」と言っていた。美保神社と濃い繋がりがあるかと思ったが違うようだった。

拝殿と本殿

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子安神社

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「社務所に清めた柄杓があるそうです」すいか

神明・八幡・八雲・神社

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神馬

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「浅間さんの馬と比べると可愛くて子供の成長をお願いしたくなる」すいか

 御穂神社は、東海道を下り、安倍川を渡り静岡の街から日本平(有度)の脇にある草薙神社を過ぎ船越堤から折戸の風景が見える。そして、その岬(鎌ヶ崎)の海越しに霊峰富士を望む所にある。急に開けた丘から見る景色は、壮観で神憑っていただろう。一つの敷地になっていないためなのか、現在は、三保街道の「羽衣の松」の交差点から海岸へ出る途中の神社のイメージがあり、日本屈指の景勝地、三保の松原や羽衣の松が神社を守るための松並木や御神木であることを 意外と知られていないためだろう訪れる人は少ない。そういう私も、ずっと三保神社だと思っていて字が違っているのに気が付かなかった。この神社には、古事記の「国譲り」で、政権の交代の要求を出したアマテラス派に対して、こころよく国を譲ったオオクニヌシの態度に喜んだアマテラスは、身内から一番きれいな三穂津姫命を后にしてあげた。感激したオオクニヌシは、自分の名前も三穂津彦命に変えた。(・・・良く出来た御話しだ。15代も続いた徳川幕府でもあるまいに、いくら先祖が兄弟でも、イケイケでカリスマの塊のような権力者であるオオクニヌシが、そのようにアマテラス側の言いなりになるなど私には考え難いのだが・・・)羽車に乗って新婚旅行で雄大な富士の景観が気に入って三保の松原に降り立った。その場所が羽衣の松の脇にある小さな神社になっている。よって参道が海岸から続いている。この神社を、よく見ると亀甲にカタバミ紋で出雲大社に非常に良く似ている。(それだけ重く置かれているのだろうか)そして、羽衣の切れ端や笛(伝説では、衣を天女に返してあげたのに何故に残っているのだろう。)が残されている。この神社には、国譲りに関するの逸話や羽衣伝説など大昔に中央(近畿)での話があり、私にとって興味深いところだ。

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