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2008年7月 2日 (水)

埼と崎

御前崎の灯台にある、古い金属ネームプレートに「御前埼燈台」とあるのを見て、中高生であった私は、「埼」は、「崎」の昔い漢字だと思い込んでしまっい、それ以降、海図を見るまでは、気にも留めていなかった。そして、海図は「埼」を使い、地図は「崎」を意図的に使っていることを知った。そして「埼」は「ざき」と濁らず「○○さき灯台」と言う。そこで、何故だろうと言う疑問が生じる。「さき」は、湖や海に突き出た所が、まず頭に浮かぶ。日御碕灯台 や長崎鼻など、それに当てはまる漢字は、「埼」・「崎」・「碕」・「岬」・「鼻」がある。「鼻」に関しては、駿河湾に面した所に暮らしている私には、先端を意味するもので地名のイメージがなく、去年の秋、九州に旅行に行かなければ、思い浮かばなかっただろう。「岬」は、雄大で日本全土が入る位の広域の地・海図で確認できる半島の先の印象がある。「奇」は普通でない場所を意味して土・山・石が、その質を表しているのではないかとおもったが、真埼は砂浜にあるが、御前埼や石廊埼など、殆んどの灯台は、土では無くて岩場の上に立ったいる。私の見方が違うのだろうか・・・
 文献によると、測量した組織が戦前の海軍と陸軍で「さき」を海軍は「埼」・陸軍は「崎」として表したのが、ことの始まりだそうだ。今では、衛星写真なので自宅に居ながらにして世界中を上空から眺めることが出来る。しかし、古来より地図は、国家秘密だった。江戸時代後期のシーボルト事件は、伊能忠敬の日本地図が基で、関わった多くの日本人が捕らえられた。今では、たった1枚の日本地図のために処刑されるなど考えられないことだ。それほど地図は大事にされていたのだろう。当たり前のことだが、地図は海岸線を陸側から見て、海図は海側から見ている。同じ海岸線でも測量制作した組織と立場により随分、表現方法に違いがあるだろう。ましてそれが、陸軍と海軍の軍事機密の物ならば、なおさらだろう。専守防衛の今の日本では、戦前に存在していた軍隊のことは、脚色された映像や文章でしか知ることは出来ないが、陸・海・空の連携がなければ作戦の遂行は不可能であることは分かる。地図と海図が一体化した図があれば便利が良いと思うのだが、それぞれライバル意識が相当強く、折り合いが付かなかったものか、それとも機密事項が優先してのことなのだろうか、2種類の「字」の表現になっている。現在では、一体化した図が制作されている様子を見ると、やはり機密性が強かったのだろう。もしも、戦前に空軍省が存在していたらまた違った「さき」の表現が、あったのかも知れない。

※参照文献
海上保安庁海洋情報部/内/海の相談室/内/海の相談室FAQ集/内/「埼」と「崎」はどうなってるの?/
http://www1.kaiho.mlit.go.jp/JODC/SODAN/faq/saki_saki.html
海上保安庁海洋情報部: http://www1.kaiho.mlit.go.jp/

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