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2008年1月22日 (火)

水が抜ける

 親父には、贔屓していた初老の船頭さんがいた。自分から話しをする人ではなかったが、子供だった私の話も良く聞いてくれた。ある日に私が「何故、景色だけ見て何時も同じ場所に来れるの」と聞いた時に船頭さんが「そうだなぁ」と言って話してくれた。当たり前だが海の上には道路も無ければ建物も木も生えていない。現在のように緯度・経度を高精度で教えてくれるGPSなど無い時代では、「山立て」と言う方法を取る。それは、沖から目測で近い所の目標物と遠く目標物の重せ、それから自船まで正面から見たり肩口から見たりして延長線を引く。その線の数が多ければ多いほど海上での精度が上がりピンポイントになっていくために、何度も釣り糸を垂らしその付近を流し釣をすることになる。そして、水深と風景のデーターが増えていくと、水面下に等高線のような物(等深線)が意識できるようになり、海岸から、どんどん線が引けて、その線が増えて密になる。すると海岸線と水面の境界線が無くなり海面が引き始め海底が見えてくるそうである。そして50年以上に亘り、一本釣りの漁師として駿河湾の船上で漁をしていると、湾の底にある栓を抜いたように水が減っていく。仕舞いには自分の船が海上ではなくて釣り糸が届く何百mも上の宙に浮いているようになると言う。
 宙に浮くという感覚については、伊豆の磯でシュノーケリングなどをして遊んでいると、2・3mの浅瀬の岩場から急激な落ち込みの場所に出ることある、自分の身体に重力を感じないので、まるで崖の上から飛び出したような気になることがあり、浮かんでいるというよりも飛んでいる感覚があるので、なんとなく理解ができる。
 更に船頭さんは、谷間を吹く風のように潮流が翔け抜け、そこから見る海底には、落ちている岩まであるそうで、浅い場所には藻や海草が陸上の草木のように立って、時には飛び交う鳥のように魚が見えることもあると船頭さんは言っていた。もう、ここまで来ると現実離れして、まるで仙人と話をいているようだった。高校生だった私は「このじいさん、だいじょうぶかぁ」などど思って聞いていたものだ。
 しかし、自分も「燕」に乗り手前船頭で沖に出て見ると、あの時に「船頭さん」が言っていたことが「作り話」ではかったことに気づかされた。掛かり釣をしいてる時は、さほどでもないが、流し釣りなどしていると、道糸を通して海底の変化が良く伝わってくる。そして大きな駆け上がりや根掛がりなどする場所は、強く頭に刷り込まれるが平坦な所の窪みや「船頭さん」がよく言っていた「クソ石」(学校のグランドにポツリポツリとウンチが落ちているようで可笑しかった。)が見えてくるまでは、まだまだ 経験が必要だろう。 
 私の場合は海底地形図と魚探を使い、それを確認するように流して行くと比較的簡単に沖からの風景の中に水深の線が引けやすく、大まかではあるが海底地形図と実際の風景が重なり合ったイメージができた。それでも薩埵沖から駒越えまでの50mラインらしき物を1本引くのに5年掛かった。そして未だに1cmも水面が下がってはいない。GPSを駆使すれば、この様な作業は必要ではないかもしれないが、船頭さんが、遠くの景色を眺めながらピタリとポイント真上に止める姿に憧れる。

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