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2007年1月16日 (火)

静岡人と海豚

県のホームページを見ていたらこんな記事があった。
「静岡県で行われる「いるか追込漁」に対する県の考え方   http://www.pref.shizuoka.jp/sangyou/sa-430/irukaryou.htm
食文化とは何だろう。
 駿河湾に面した昭和40年以前生まれの大半の人は、生姜を効かせた、人参・蒟蒻・牛蒡・海豚を味噌及び醤油仕立てで甘辛く煮た物を1度は見し・食したことがあるはずだ。学生時代に「食」を学んでいた私は、1年生の時に仲間と鴨川のシーワールドでイルカのショーを見ていて、つい「海豚、食べてないなー」と口ずさんだ時に周りの人が「えっ」と言って眉をひそめて引いたことがある。それまでの私は、小学生の頃に風物詩のニュースで伊豆の入り江での海豚漁が流されていたので、海豚も鯨同様に日本国中で食べているものだと思っていた。
 母親に聞くと昔は「産後のひだち」に良いからと良く食べさせられたそうだ。栄養学的に見て海豚も鯨なので肉には鉄分を大量に含み低カロリー・高蛋白・低脂肪そして不飽和脂肪酸も豊富で産後の血の道に対してはうってつけの食材だ。昔の人たちは科学の力で数値に表す以前から経験でそのことを知っていたことには頭が下がる。
 終戦直後の食糧難時代に1頭当たり100食以上とれ、多くの子供たちの蛋白源になったありがたい食材だ。しかし現代の日本のように飽食の中では、それに変わる食材が必ず見つかるしサプリメントもある。食材としてみるならば臭みの原因である血液と消化酵素がない方が価値はあがる。固体から血液を抜く場合は心臓機能を利用して放血をするのが一番だ。現代の追い込み漁を見ていると「漁」をしていると言うより「駆除」しているように見えてしまうのは私だけなのだろうか。その目で見ていると、水に依存して生きているとはいえ他の魚のように活き〆をしてまで海豚を食す必要があるのだろうか。
 幼き頃から爺婆に身体に良いからと食べさせられた私のような年代の者には、何か無性にあの何も具の無いインスタント袋麺が食べたくなる時のように海豚を食べたくなる。理性では分かりもするし理解もできるのだが、食欲の欲を満たされた時の快楽がそうさせるのだろう。市場に無ければ無いで良いのだがスーパーなどにあると需要と供給が成立してしまう。多分これは私たちの世代で途絶えるだろう。
 食には嗜好が伴う、伝統を重んじて受け継いでいくには現代人に合わせて行かなければならないが、それを維持するのには余りにも食材が乏しすぎる。

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